を大事にする救急

得意・不得意を作りたくない

救急医としてどのようなことを心がけているか教えてください

 

 

― 救急外来を受診する全ての患者さんにベストの対応ができるようにと思っているので、得意、不得意を作りたくないというのが正直なところですが、その中でも、特に小児救急やIVR、頭部外傷に関してはより興味を持って勉強してきました。初期研修終了後に2年間、脳外科医として働いていたのですが、そのときに、昏睡状態で搬送されてきた急性硬膜外血腫のこどもが、開頭血腫除去術後に、劇的に回復したのを目の当たりにして、「頭部外傷について、もっと勉強して、こういう子を自分でも救えるようになりたい!」と強く思ったのを今でも覚えています。

 

 小児救急やIVRについては、自分が救急医として駆け出しの頃に働いていた病院で「やる人がいなかった」というのが、大きなきっかけで勉強を始めました。その頃の職場では、呼吸不全のこどもが救急外来に来ると、まず、こども病院のドクターカーを呼び、呼吸管理をどうするか、気管挿管をするかしないかなどの判断は、向かってくる途中の小児集中治療医にお伺いを立ててから決めるというのが、不文律となっていました。このやり方だと、重症小児を不要なriskにさらすことになってしまうなと強く感じ、小児診療を学び始めました。

 

 重症な小児患者が救急外来に搬送されてくる頻度は成人に比べれば格段に低く、当初は中々経験が積めませんでしたが、埼玉県立小児医療センターで小児救急、小児集中治療を学ぶ機会があり、そこで、他者に委ねることなく、自身の判断で診療を行う力をつけることができました。

医長 丹野翔五

総合救急部 医長

筑波大学卒。筑波大学脳神経外科入局後、震災を機に救急の道へ。伊那中央病院救急科、埼玉県立小児医療センター集中治療科、飯田市立病院救急科を経て、平成31年3月より現職。

主な活動

​各種コースインストラクター

IVRの道を模索

― IVR(血管内治療)についても「やる人がいなくて、困った」という経験をしています。救急医1年目のとき、救急外来に運ばれてきた初老の男性が骨盤骨折による後腹膜血腫でショックの状態になってしまったのですが、輸血しても血圧が上がって来ず、放射線科医にも連絡が取れないという状況になってしまいました。その際は、外科医と後腹膜ガーゼパッキングを施行して何とか救命はできたのですが、「TAE(動脈塞栓術)が出来れば、お腹を切ったりしなくても済んだのではないか」と後悔が残りました。その後、TAEを身につけるため放射線科医師に弟子入りし、以降IVRに従事するようになりました。

 

 都会の病院では、きっとこういうことはあまりなく、地方の病院で働いてからこそ経験できたことだとは思いますが、これらの地方病院ならではの経験が自分を奮い立たせる大きな原動力になってくれて、今の自分につながっていると思っています。

いまの職場に来て発見したことや、自分の中に起きた変化はあるでしょうか。

― 自分にとっては、熱い救急医と一緒に働けるということが、大きな発見、大きな喜びでした。ここの救急医は皆、熱い人たちばかりですが、これまでの職場では、決してそんなことはありませんでした。声を上げると「空気よんでない」なんて雰囲気になってしまい、日々ストレスを抱えて勤務していたこともありましたが、ここでは、そんなことが全くありません。患者さんのためにベストを尽くす、ここの救急外来では、それが当然のこととして全てのスタッフに受け入れられています。

 自分自身も勉強したい!学ばなければ!という思いが強くなりました。部門全体として「質の高い医療を提供しよう」という意識が自然と共有されているので、看護師も含め、学ぶことに貪欲なスタッフが多く、その流れに身を任せているだけで、自分ももっと学ばなければと思うようになりました。また、症例カンファレンスの中で、自分以外の救急医がコメントしているのを聞いていると、今まで知らなかったことが、どんどん(出てきちゃ本当はまずいんでしょうが…)出てくるので、負けてられない!と自然に学習意欲が湧いてきます。この職場で働くことで、学ぶことへの刺激に日々晒され、そして学びの機会を簡単に得ることができます。

​患者さんへの向き合い方

― とにかく1回は患者さんに笑ってもらおうと思って診療しています。診断がついて、治療方針が立って、症状が改善して笑ってもらうっていうのがベストだとは思います。そのために診療の技量を上げようと日々勉強しているわけですが、中々すべての患者さんにこれを実践するというわけにはいきません。

 

 症状が完全に良くならなくても、コミュニケーションの中で、不安をちょっとでも和らげてあげられたりとか、場合によっては、冗談で笑わせたりとか、何とかして1回は笑わせられないかなといつも考えています。救急外来には器質的疾患がなくても、不安が募って、心配でたまらなくなり受診される方がたくさんいます。そんな患者さんに関しては、当然、緊急性の高い器質的疾患を否定するための診察、検査などが優先されますが、それがないと分かれば、どうやってこの患者さんを笑わせようかと頭を切り替えます。

 

 特に過換気で救急搬送されてきた患者さんに関しては、診療のかなり序盤からそれしか考えてないです。一回でも笑ってくれたら帰宅許可(笑)。人を笑わせるって、かなり大変な作業で、しかも相手がいろいろな症状に困っている患者さんとなれば、さらに難易度は上がりますが、医者はそれができる数少ない職業の一つではないでしょうか。できれば自分が医者でいる限り、このスタンスを守ってやっていきたいと思っています。

私のワークライフ

― これまでの職場では、ERの仕事の他に、入院患者の診療もやっていたので、特に重症患者を担当しているときは、ワークライフバランスなんて考える余裕は全くなかったです。

 

 それでも仕事が楽しかったので、あまり苦には感じていませんでしたが、家族には、かなりのしわ寄せが行っていたと思います。今の職場では、しっかり勤務時間の調整がされていて、きっちりと休みを取りながら働くことができます。

 

 「寝食忘れて働く」ことが、何となくかっこいいと思っていて、当直明けのぼんやりした頭で当然のようにERで働いていましたが、現在の職場を考えると、患者さんに対して、何て危険なことをしていたのかと反省させられます。自分の技量を上げるために、馬車馬のように働く時期も必要だとは思いますが、最善の医療を提供するためには、「休むことも大事」と改めて認識させられました。今は単身赴任ではありますが、家族と過ごす時間もしっかりとることができ、父親らしいことも少しずつできるようになりました。家族との時間で心も体もリフレッシュして、仕事にも日々新鮮な気持ちで向かうことができています。

 志を同じくする仲間ってすごく大事だと思います。これまでの職場でそれに恵まれなかったっていうこともありますが、ここに来て本当に強くそう思います。自分ひとりで頑張っても限界がありますし、特に重症患者を治療しようとしているときは、仕事をshareしてくれる仲間がいないと、診療の質に直結します。救急外来は、医師と患者、一対一で診療が完結することはあまりなく、組織全体で患者を診療していくという側面が他よりも強い部門であると思います。組織を動かしているシステムをいい方向に変えようとしたときに、その方向を向いていないスタッフが多いと、その組織は同じ場所に停留してしまうと思います。今の職場は、スタッフ全員が、質の高い救急医療を提供しよう、患者さんをよくしてあげようとよく頑張っていて、本当にいいところだなと思います。働いていて、ゆっくりとですが、いい方向に組織全体が動いているのを日々感じます。志を同じくする仲間がどんどん増えて、救急外来のactivityが上がっていき、24時間365日いつでも質の高い救命が行われる、そんな職場にしていければと思います。

 
総合救急部部長 安藤裕貴
部長 松窪将平
医員 藤井真
社会法人杏嶺会 一宮西病院 ​総合救急部
​(代表)0586-48-0077